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次のバスは約20分後にやってきた。

2024.06.14[Fri]
芦原温泉駅(発)~丸岡バスターミナル《標高8.9m》11:20→永平寺11:54
京福バス [86]芦原丸岡永平寺線、¥800、16.6km

丸岡バスターミナルにて
京福バス 永平寺

乗車すると老夫婦2組がすでに乗車済、東尋坊(もしくは宿泊地の芦原温泉)から永平寺へ向かう観光客だろう。市街地を進んだのちに郊外へ出ると、新間の先で高速道路のガードをくぐる。その直後、道端に「福井大地震震源地」という石碑を現認した。後日google ストリートビューで確認したら小さな碑だったので、走行中のバス車内からよく石碑の文字まで読めたことに驚いている。なお、この震源地の裏を取ろうとwikipedia:福井地震を見たところ、気象庁米国地質調査所が発表している震央とはまったく別の場所だった*1。どういったいきさつでこの石碑が建てられたのか、今度はそっちの方に興味が湧いてきた。

福井大地震 震源地の碑

福井地震 震源

乗車したバス路線は、かつて芦原温泉駅から永平寺を結んでいた京福電鉄永平寺線の廃止代替バスらしい。日中はだいたい1時間に1本程度の運行がなされているが、先ほども書いたように利用者に地元住民は確認できず、(自分も含めて)観光客のみが利用している状況だ。ただ、日中等間隔で運行されている理由はそういった利用があるからこそとも考えられる。どんな利用方法であれ、路線バスが残っているだけまし、と考えた方が良いのかもしれない。

丸岡末政といった江戸時代の大名にいそうなバス停を通過しつつ、バスは永平寺口駅へと寄り道するが、接続する電車がないのか時間調整の停車のみで乗降なく発車となる。その後は再びのどかな風景の中を進み、谷幅が狭くなってくると終点の案内が入る。永平寺の降車場はかつての永平寺駅付近にあった。

バスを降りて参道を進み、永平寺の入り口まで進んだが、次のバスまでは1時間と15分ほど、ちょっと余裕はないなと永平寺に寄るのはやめにした。前に入ったのは30年以上前なので寄りたい気持ちもあったが、時間に追われながら観たくはなかったので訪問はまたの機会に。結局、待ち時間の大部分は昼食の待ち時間に溶けた。

永平寺 入口
永平寺 入口


*1:気象庁と米国地質調査所の震央もけっこう離れている。

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福井駅では30分ほどの待ち合わせ。駅前広場では恐竜が道行く人たちに鳴き声と動きで盛んにアピールしていた。超絶恐竜推しの福井県*1、夏祭りでは道に恐竜を練り歩かせればいいくらいのレベルだ*2

次に乗るのは京福バス。ここのバスはウインカーを動かすと車外にもチャイムが鳴る装置が実装されている。要は宅急便の車が「右に曲がります」とか言っているのと同じパターンだ。音色は昔の乗用車で110km以上出したときの音(キンコーン)みたいな感じ。トラックと同じような電子音が鳴るバスは知っていたが、チャイムというのは初めて聞いた気がする。

2024.06.14[Fri]
福井駅《標高8.2m》10:10→丸岡バスターミナル10:56丸岡城(行)
京福バス [39]大和田丸岡線、¥670、16.0km

福井駅にて
京福バス 丸岡城

福井駅からは丸岡へ向かう。実際は永平寺に向かいたいので、経路的には丸岡よりも手前にある福井大学病院方面のバスに乗りたいのだが、病院から先の乗り継ぎが厳しいので遠回りの丸岡経由にした。もちろん駅の東口へ回れば永平寺直通のバスはあるのは承知しているが*3、福井に来て京福の路線バスに乗らないのもアレだなあ、なんて考えて丸岡経由にした。

福井駅からの乗客は10人。この系統は1時間に1本、他の系統も含めると30分に1本は丸岡行のバスがあり、福井~丸岡間にはそれなりの流動があるようだ。通路を挟んで隣に座ったお婆ちゃんがやにわに新聞を広げて読みだしたので、最近あまり見かけない行為だなと思って眺めると新聞は聖教新聞だった。相当のレアパターンを目撃した気分になる。

バスは裁判所前まで行ったのち、駅の東側へ回ってから北上するルートをとる。県立病院では建物の前まで乗り入れて停車し、半分くらいの乗客が降りた。続いての寄り道はアピタ・エルパ前だが、こちらは駐車場の隅に隣接するバス停での乗降となる。まとまった降車があったのはこの2つのバス停だが、途中からの乗客も多く車内は常に賑やかだった。郷土歴史博物館前から乗ったグループは丸岡城へ向かいそうな雰囲気だし、地元住民の用務利用と観光利用が良いバランスで同居しているように思えるバスだった

アピタ・エルパ前を出るとバイパスみたいな道に出る。バイパスは北陸新幹線を挟み込むような道路配置で、なんかニュースで聞いたことがある道かも、と気づいたタイミングで九頭竜川を越える橋を渡っていた。新幹線・道路併用橋となる新九頭竜橋だが、橋脚自体は共用しているようだが橋梁は別にかかっているので、走ってみるとあまり併用感がない。そりゃ道路の真ん中を200km以上で通過する路面電車なんてないもんね。当たり前の話だが少しがっかりしてしまう。

その後は集落を繋ぐ昔ながらの道をたどりながら丸岡へ。次のバスへは終点の丸岡城でも乗り換え可能だが、城よりもバスが好きなので丸岡バスターミナルで降車した。数年前までの丸岡バスターミナルは昭和風のバスターミナルが健在だったが、すでに今風に整備されたあとだった。新しい設備に不満や問題は全然ないんだけれど、何か物足りないような気がしてならなかった。

静かなバスターミナル
丸岡バスターミナル バス乗り場

かつての丸岡バスターミナル バス乗り場(2018年7月)


*1:図柄入りナンバープレートの背景が恐竜になっている点からも分かると思う。

*2:すでにやってそうだけど。

*3:福井交通が運行する「朝倉・永平寺ダイレクトバス[pdf]」がある。

2024.06.13-15 標高差2,721m 65

米岡口からは昨日も乗った福浦線に乗車する。バスは2分遅れでやってきた。結果的には直前のバスをもうちょっと乗って吉江*1で乗り継いでも間に合ったようだ。

2024.06.14[Fri]
かれい崎(発)~米岡口《標高15.6m》08:59→福井駅09:36田原町(行)
福井鉄道 福浦線、¥560、11.2km

米岡口にて
福井鉄道 田原町

長距離を走るからそこそこのサイズのバスで来るだろう、という予想に反してやってきたのは日野ポンチョ。自身が6人目の乗客となって福井駅方面へと発車する。利用区間は昨日のうちに予習済だし、どちらかというと面白味のない区間の再乗車ということになるので、ポンチョ特有の低い座面のせいで景色が見えなくてもあまり気にならない。

米岡口の次に停車したバス停は浅水駅前だった。浅水の読みは「あそうず」、地区名は「浅水町」、近くには「浅水川」が流れている一方、小学校の名前は「麻生津小学校」で福井信金の支店名も「麻生津支店」、さらにはかつて「麻生津村」というのもあったようだ*2。いろいろややこしそうだが、地元の人たちはどのように使い分けているのか、加えて当てられた漢字によって「ず」と「づ」の発音を変えているのか、なんて(どうでもいいことばかり)気になった*3

昨日の乗車時には途中乗降がほとんどなかったが、今回は少ないながらも乗降があり、寄り道した赤十字病院でも1人ずつの乗降があった。ちなみにバス停付近には昨日と同じ位置に軽乗用車が停車していた。どうしても停めたくなる場所なんだろうか。今回はクラクションを鳴らされる前に去っていったけど。

路面電車と車道内で並走するようになると福井駅はもう間もなく。福井駅ではすべての乗客が降車し、空身となったバスが田原町方面へと寂しげに進んでいった。

福井駅にて
福井駅到着直後の福井鉄道バス

福井のバスは総じて定時性が高いように感じる。当初の計画では、長距離を走るバスからの乗り換えなので間に合わない可能性が高いと思い計画外にしていたバスにも十分間に合うタイミングでの到着だった。ただ、ここで無理して乗り継いでもあまり意味はないので、急がずのんびりトイレなどを済まして過ごす。この先も成功確率の低い乗り継ぎは避けて進む予定で、実際そのように行動したが、バスの時間精度の高さから福井での乗り継ぎはタイトでも問題なかったのかもしれないなんて今は思っている。

すまいるバス3台(グレー、緑、赤)
福井駅バスロータリーとすまいるバス


*1:鯖江市のバスだとバス停名は「梵・町屋ギャラリー前」になる。

*2:wikipedia:麻生津村 (福井県)、ルビは「あそうづ」となる。

*3:かつて水は「みづ」だったので、今のふりがなで突っ込んでいるのは間違いだ。